2015年1月4日撮影
◆別名:
白帝城
◆所在:
犬山市犬山北古券65
◆交通:
名鉄犬山駅、犬山遊園駅から徒歩で15分程度
車で訪問する場合は、犬山駅西側を走る県道27号線に入り、市内各所にある駐車場を利用する事になる。
◆歴史:
木ノ下城を居城としていた織田信康(信長の叔父にあたる)が砦を改修して犬山城として移り住んだ事が始まりとされる。
その後、豊臣秀吉の配下である石川貞清の時代などを経て、 徳川家康の四男である松平忠吉が清洲城に入る際に、付家老として犬山城を得た小笠原宗忠が現在見る事のできる近世城郭の形式を整えた。
小笠原宗忠は寺部城を本拠とした幡豆小笠原家の出で、家康の三河統一戦では東条城吉良家に対して糟塚砦を築き最前線で戦うなどの戦功を残した人物である。
忠吉が没した後は、徳川義直が尾張藩主となり、義直の付家老である成瀬氏が明治時代まで城主として居城した。
2004年までは成瀬氏個人所有の城であったが、現在は財団法人犬山城白帝文庫が管理・運営を行っている。現存天守12城の一つで、国宝指定天守4基のうちの一つでもある。
◆現在:
2013年より公益法人となっており、国宝の城として観光地化され、毎年多数の登城者がある事で有名。
廃藩置県の際、以下の門が近隣の寺院に移築され保存されている。
矢来門:大道寺砦跡に建つ専修院(丹羽郡扶桑町柏森乙西屋敷69)の東門
黒門:徳林寺(丹羽郡大口町余野2-201)
松ノ丸門:浄蓮寺(一宮市千秋町保積塚本22)
松ノ丸裏門:常満寺(犬山市犬山西古券281)
内田門:瑞泉寺(犬山市犬山瑞泉寺7)
上記以外にも、運善寺(一宮市浅井町大日比野字南流1841)などに移築された門が存在する